ロリスの『これやった!』日記

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2020-09-03 (Thu) 17:27

静岡市美術館『ショパン200年の肖像』ショパンが使っていた衝撃の呼び鈴

こんにちは、ロリスです。

静岡市美術館
『ショパン200年の肖像』

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静岡市美術館は、今年10周年のようですね。

横からみるとこんなんです!おもしろい。

DSC_0450 (2)


ピアノの詩人といわれるショパン。
1810年~1849年(ポーランド出身)

クラシックには疎いけど、そんな人間でもショパンの曲はけっこう聴いたことある。
(CMや挿入曲として無意識に聴いているもの多し)

展示といってもショパンは音楽家だから、ショパンの音楽に触発された作家の絵とか、当時の風景画とか、ショパンの肖像画とか。ショパン本人のモノは、楽譜、手紙ぐらいかな。

ポーランドで生まれて、幼少のころから天才と言われ、20歳でフランスへ。

ロシアがポーランド首都ワルシャワへ侵攻、その時の怒りの曲といわれる
『革命のエチュード』
そういう曲だったんだ~。
(エチュードとは練習曲)

この曲は、『ピアノの魔術師』と言われた、リストに差し上げた曲らしい。そのリストでさえ、すぐに弾きこなせなかったという、難易度の高い曲。

友達の息子さんが音大行ってるんだけど、その入学試験で弾いたんだって(; ゚ ロ゚)すごっ!聴きたい。

ショパンというと、繊細で美しいイメージだけど、けっこう熱い思いを持った人だったのかな。
実際、病弱で繊細で、神経質なところはあったようだけど。

ショパンが知人に宛てた手紙も2通ほどあったけど、書き出しが両方『僕の命』
手紙にはいつもその書き出しだったのかな?いや~恋愛の真っ最中ならわかるけど、友人、知人にもそう書きます?その辺にも、熱さというか一途さというか、そういうもの感じました。

祖国への思いはかなり強かったようで、『ポロネーズ』といわれる、ポーランドの舞曲もたくさん作曲してる。結局、亡くなるまで祖国には帰れなかったショパン。

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ショパンというと、このチラシの肖像画のイメージ。
晩年の写真を1枚だけみたけど、このイメージとかなり違ってまして('◇')ゞ大きな鼻、眉間にしわをよせて、気難しそうな顔だった。機嫌が悪かったのか?(笑)となりの、アーティストが描いたイラストのイメージに近い。

ジョルジュ・サンドとの関係にも興味あったけど、今回の展示で、ガシッと心を掴まれたのは、ショパンが病床で使っていたという
『呼び鈴』

見た目7、8センチぐらいに感じたけど、これがね~かなりのインパクト(笑)
『布袋像』って書いてあったけど、七福神の布袋さんの福福しさとはかけ離れてる(゚д゚)!とがった耳、つり上がった目、こわいよ~!!何かに似てると思ったんだけど、家に帰って思い出した!

ビリケンさん
ビリケンも幸運の像らしいけど(笑)

これ大阪にあるから、日本のモノだと思っていたけど、調べたらアメリカ人がデザインしたものらしい。

もともと病弱で、とうとう寝たきりになったショパンが、最後の頃この呼び鈴使ってたんだ・・・。ショパンのイメージとあまりに離れていて、対比がおもしろかった(笑)39歳で亡くなったショパン。どんな気持ちで、呼び鈴を鳴らしてたのか?きっと、まだまだやりたいことがあったのだろうな。

こんな東洋的な物を使ってたなんて、ちょっとだけショパンが近く感じました。

呼び鈴があまりのインパクトで、他の作品の印象が全部とんじゃったよ(笑)
9月22日まで 静岡市美術館で開催中なので、ぜひ生で観てください!

さてと、今日はショパンを聴きながら、夕飯の準備しましょうかね~。
ではまた~('ω')ノ

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最終更新日 : 2020-09-04

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